2017/07/28

ハーモニック図について ~内面の動機と衝動


これまでたくさんの小説から、様々な人生の機微と示唆に富んだ言葉を享受してきましたが、今でも心の奥底にこびりついて、どうにも離れない言葉があります。

「僕はもうあのさそりのように、ほんとうにみんなの幸(さいわい)のためならば、僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまわない」

宮沢賢治銀河鉄道の夜、登場人物のひとりであるジョバンニの言葉です。
楽しい題材も多い宮沢賢治の作品ですが、どちらかと言うと、法華経への信仰を根底とした、自己犠牲的な精神を貫いた作品が彼の真髄と言えます。


当時小学生だった私はその精神に衝撃を受けましたが、特定の信仰を持つわけではなく、決して"いい人ぶりたい"わけでもないのに、その精神が自分の中にも確かに息づいている、と今でも実感としてあるのです。
その衝動はどこから来るのか――それはハーモニック(以下HN)図にヒントを見つけることができます。



内円:出生図 外円:HN7図
HN図は円を整数で分割したもので、自分自身の「内面の動機」に着目できる図です。
左図は私の出生図とHN7図を重ねたものです。

松村潔先生の「倍音の占星術」には、HN7が運命的な要素を含む「終わりの無い欲求」であり、「果てしなく続く夢」を示すものであると記されています。

HN7は円を7分割したものです。360÷7=51.4285714…となり、出生図にセプタイル(51.43度)系列のアスペクトがあれば、HN7図でコンジャンクション――いわゆる「結晶化」します。

HN図はこのような「結晶化(コンジャンクション)」された天体とアスペクトを考慮するためのもので、出生図を読むときのように、単独の天体やアスペクト自体の吉凶を判断するものではありません。
HN図は出生図内にうごめいている衝動を可視化できるツールと言えます。

この図の場合、私の出生図で土星-海王星・金星-木星のバイセプタイル(102度)があるため、HN7図で「結晶化」されているということになります。
出生図でのアスペクトがタイトであればあるほど、生涯、強い内面からの衝動として影響を及ぼし続けるのです。私の場合、特に土星-海王星は出生図で0.06しか誤差のないタイトなバイセプタイルですから、一生消えない衝動として残り続けるということになります。

また、この図のように出生図と重ねて、出生図内の天体とコンタクトを取っているかどうか確認することも重要です。
私のHN7図ではタイトに「結晶化」された土星-海王星が、出生図の8室金星にコンジャンクションしています。8室金星は2室の月-冥王星とオポジション。
自己犠牲的な精神が人に対して過剰に向けられる――そういった精神を体現している人への敬意と憧れ。また、自分自身の中でもそういったことを実践していきたいという欲求・衝動があると解釈できるのです。



さて、今回は冒頭の宮沢賢治のHN図についてです。まずは出生図を見ていきたいと思います。

1986/8/27 07:00 花巻市
出生時間は、賢治の詳細な年譜を公開されている花巻市にあるお店のホームページから転載させて頂きました。
厳密な出生時間ではないと思われるため、ハウスは考慮しませんが、月の位置はこの辺りで絞られるのではと思っています。

蠍座土星を頂点とした月と冥王星とのYOD。自分にとって必要であり、大切だと思われる人達だけとの狭く、深い交流。人脈を制限・コントロールすることによって自分の仕事に没頭できると同時に、その分狭い範囲に強い影響力を発揮します。
また、YODの一角が月であるため、幼少期から続く家庭内の男性からの拘束を表すとも解釈できます。

賢治は裕福な商人(古着屋)の長男として生まれました。跡取りであるため教育は必要無いと断じた祖父の言葉に反発し、父の協力を経て勉学の道に進みます。
この父に対しては、賢治が赤痢やチフスに罹ったときに献身的に看病し、2度も病気を感染させてしまった経緯があり、後々まで重く負い目を感じることとなるのです。


また、ドラゴンヘッドにパラス、ドラゴンテイルに木星がそれぞれコンジャンクション。
私見ですが、ノード軸-木星が関わると特定の宗教を信仰する・しないに関わらず、見えない何か神聖なものとの関わりを心の内で大切にされていらっしゃる方、またはご家族にそういった方がいらっしゃることが多いように思います。

小惑星パラス(パラス・アテナ)は平和と文化を守る"guardian(守護者)"を表します。
デメトラ・ジョージ氏(Demetra George)による"Asteroid Goddesses"には、全人的(holistic)で、特殊・独創的な知性と、男性性・女性性を融合させた純粋なヒューマニズムを追求する、と記されています。
賢治の水瓶座のパラスは、信仰(木星)を軸に据えて、性を超えた普遍的な知性と精神を発揮できるよう働きかけているように思えます。


宮沢賢治
その傾向は乙女座金星が双子座海王星・冥王星とそれぞれスクエアを形成しているところにも表れているのかもしれません。
圧倒的な愛情の深さと強さ、見返りを求めず与え続ける自己犠牲的な博愛精神を持ちながらも、「肉の匂い」をブロックしてしまう潔癖な一面が乙女座金星にはあるのです。
春画を大量に収集していたことでも知られている賢治ですが、そういったどうしようもない「ナマ」の感覚との矛盾とせめぎ合いが常にあったのだと推察できます。


実際、金星-海王星のスクエアがあると、そういった意味で「霞を食べて生きている」ような、浮世離れした雰囲気をまとう方が多いようです。
それはひとえに、金星の趣味嗜好に、海王星からもたらされる行き過ぎた幻想と非日常感が加わるからなのでしょう。

ですから、賢治に一途に思いを寄せていた女性からの情熱的な猛アタックにも「女くさくていかん」と、訪ねてきた女性を追い返すばかりか、帰った後に窓を開け放って空気を入れ替えようとする始末だったそうです。
そののち、「理想の女性」について賢治は友人に語っています。

新鮮な野の食卓にだな、露のように降りてきてあいさつを取り交わし、一椀の給仕をしてくれ、すっと消え去り、またあくる朝やってくるといったような女性なら、ぼくは結婚してもいいな。時にはおれのセロの調子はずれを直してくれたり、童話や詩をきいてくれたり、レコードの全楽章を辛抱強くかけてくれたりするんなら申し分ない。

なに言ってんだ賢治さん…という感じなのですが(笑)、そういった「理想」を生きようとする賢治の追い求めるイメージが、女性に対してだけでなく作品、生活、人生、全てにおいて波及していたことを伺わせます。



宮沢賢治 HN9図
左図は賢治のHN9図です。出生時間が厳密でないため、Asc・MCは表示していません。

HN9図はノヴァイル(40度)系列で「結晶化」し、「悟りの喜び」「魂の旅」といったキー・ワードを持ちます。

リマーナすず先生は「強いインスピレーションを与えられ、限界を超えさせられるような、高みに引き上げられる縁」を表すものであり、「もと居た場所に還っていくような、魂と記憶の原風景」をも表すとおっしゃっています。
HN9図はノード軸のようなニュアンスを帯びるのです。

太陽-冥王星が「結晶化」し、満月を形成しています。また、木星-土星-ノード軸という組み合わせと共にグランド・クロスを形成。
この満月の軸は出生図のどの天体にも関わりが無いのですが、木星-土星-ドラゴンテイルの軸は賢治のキロンにコンジャンクションし、教育や理念を通じて弱い者の役に立っていくことを志していくような予兆を感じさせます。

HN9は「母から受け継いだもの」も表すとされます。実際に賢治の母はとても慈愛深い人で、「人というのは、人のために何かしてあげるために生まれてきたんだよ」と賢治が幼い頃から言い聞かせていたそうです。



内円:出生図 外円:HN18図
賢治の運命が大きく動き出したのは、18歳のときでした。

外円のHN18図は、HN9図のアスペクトの倍になりますから、満月が新月になります。出生図の火星-冥王星にHN18図の土星と冥王星、さらにノード軸が関わっていて「蝕」を形成しているということもあり、大きな影響(衝動)を表すのです。

18歳になる数ヶ月前まで入院していた賢治は、初恋の看護師と結婚したいと家族に申し出て大反対されたり、退院後は進学をあきらめて家業を手伝うように命じられてしまったりと、鬱々とした日々を送っていました。

しかし18歳になってすぐ高等農林学校への進学を許され、喜んだ賢治は猛然と好きな勉強を始めます。その時に信仰との出会いがあったのです。



1914年9月(18歳)
4重円でも特徴が表れています。

内円から、出生図/CPS/年齢HN(18)/トランジットです。法華経との出会いは18歳になったばかりの1914年9月のことだそうで、月の半ばである9月15日に設定してあります。

t土星-冥王星がSA冥王星にコンジャンクション。t海王星は太陽/海王星のミッドポイントの軸を満たしています。
また、SA天王星とp月、SA木星-パラス-ノードの軸と、先のHN18図の軸とでグランド・クロスができています。

鮮烈な信仰への目覚め。「身体が震えるほど」感動し、感銘を受けたこの出会いは、賢治の価値観と意識を根底から覆したものであり、また苦しくとも喜びでもある「修行」への衝動を駆り立てるきっかけとなるのです。

賢治は農学校の教師を退職後、金持ちの道楽だと陰口を言われながらも、病身をおして、農民からの肥料や稲作の相談に昼夜問わず対応し、地域の農業に尽力し続けました。

また、肉や魚、卵や牛乳までも一切口にしない厳格な菜食主義を貫きました。
心配した母が薬と偽り、動物の肝をすり潰したものを飲ませましたが、あとでそれを知った賢治は真っ青な顔で、「生き物の命を取るくらいなら、おれは死んだほうがいい。これからは決してそんなことをしてくれるな」と涙を流しました。晩年は竹の皮をしゃぶっていたと言います。

出生図に表れていた浮世離れした潔癖なまでの理想主義者である賢治の姿と、HN図に表れていた苦しみと過度な抑制を喜びに変える修行者としての賢治の姿。
一見、この世にあらざるような雰囲気をまとっていても、その内部には重い覚悟と求道精神が深い衝動となって賢治の根底を形成していたと言えます。

正しく強く生きるとは、銀河系を自らの中に意識してこれに応じていくことである。(「農民芸術概論綱要」より)

賢治は37歳という若さで亡くなりました。短い生涯でしたが、「銀河鉄道の夜」のさそりのように、みんなの幸せのために命を燃やし尽くして、「もと居た場所」に還っていったのかもしれません。

0 件のコメント:

コメントを投稿