2018/01/21

星々の意匠2:中島 敦(作家) ~「自尊心」の罠


「文学はフロイトより先に"無意識"を発見していた」と言われることがあります。
つまり、研究者によって解明された人間の複雑な心理が、すでに既存の文学作品に明確に書かれていた、ということがよくあるのだそうです。

フロイト(Sigmund Freud)とは精神分析学の創始者であり、無意識の発見者とも言われている精神科医ですが、研究の一環として、シェイクスピアの「リア王」「ヴェニスの商人」や、イェンゼンの「グラディーヴァ」の登場人物の心理分析をした上で論文を書いたこともあるそうです。

優れた作家は、卓越した人間への観察眼を持ち、人間の心や行動を徹底して見つめ、複雑な内面を言語化して描写する――"天才"シェイクスピアをはじめ、外国には心理描写に長けた作家がたくさんいます。
しかし日本にも、人間の心理と行動を、自然な形で、見事に描写した作家がいます。私が一番好きな作家のひとり、今回ご紹介する中島敦です。




1909/05/05 12:00 新宿区
左図は中島敦の出生図です。出生時間不明のためソーラー・ハウスにしています。

1909年生まれの作家は、敦だけでなく、太宰治、大岡昇平、松本清張らの有名作家が名を連ねています。
冥王星が双子座にあり、山羊座天王星-蟹座海王星のオポジションが形成されている時代ですので、後世に大きな影響を及ぼしている高名な芸術家や俳優も多い印象です。

月は蠍座。月相(太陽-月のアスペクト)は170度~182度の間で、いわゆる"十三夜(Gibbous Moon)"から"満月(Full Moon)"にかけての生まれとなります。

積極的で、生産的な資質。集中力を生かし、何らかの表現を通して自己実現しようとします。
客観的な視点も発達すると同時に、生きることに対しての満足感・充足感を求める傾向も人一倍出てくるでしょう。

蠍座の月は感情や思考そのものが深く豊かですが、自分自身の内部だけで膨大な葛藤を処理しようとするために、思考が空転しがちな面が出てきます。過度に思い詰めたり、行き過ぎたり、ひとりよがりになったりしがちです。

特に仲が良かったり好きだったりする相手に対しては、お互いに食い込み、融け合い、ひとつになっていくような関わり方を求めます。それは、無意識に相手をコントロールしようとする性質でもあるのでしょう。普段はそういった内面を見せないのも特徴です。

中島敦
太陽-金星のコンジャンクションは、女性ですとちょっとワガママだけれど、甘え上手な方が多いように思います。
男性ですと物腰が柔らかな方が多いです。牡牛座ですからそういったところに確固たる美意識、所有物への強い執着も加わるのでしょう。

しかしこれらが水瓶座火星とスクエア。変化を嫌う一面と、切り離そうとする一面。この矛盾が同時に存在します。
普段は物腰が柔らかでも、様々な局面で、勢いの強すぎる面や攻撃的な激しい面が時々表れるわけです。




漢学の素養の深い一族に生まれ、東京帝国大学国文科を卒業。卒業論文は「耽美派についての研究」だったそうです。牡牛座的ですね。

教師として8年間勤務した女学校では、真面目で温厚、鷹揚な人柄、明朗活発なリーダーシップ、またオシャレなファッションで非常に人気が高かったそうです。

しかし女学校の生徒は勿論、同僚ですら、敦に妻と大きな子供がいることを長い間誰も知らなかったほどプライベートを見せない一面がありました。
教師生活を書いた「狼疾記(ろうしつき)」には、

(教師生活において)俺は世俗を超越した孤高の人間だなどとうぬぼれているが、世俗的な活動力が無いというだけではないか。
世俗的な活動力が無いということは、決して世俗的な欲望が無いということではないんだからな。
卑俗な欲望で一杯のくせに、それを獲得するだけの実行力がないからとて、いやに上品ぶるなんざ、悪い趣味だ。

教師として周囲から高い評価を受け、人気者だったにも関わらず、こういった「自嘲」を込めた自己分析が作品の随所に見られます。


敦の妻 たか
また写真ではお堅く見える敦ですが、実際は麻雀荘やダンスホールに毎日入り浸り、大勢の踊り子達を組織して大陸で一旗あげてやろうと本気で画策したこともあったようです。

女との交渉を俺は何度となく持った。ただし恋愛などという気持ちは一度だって分かったことはない。それはただ、衝動とそれに拍車をかける好奇心と、生来の芝居気の合成物でしかなかった。

上記は自叙伝的なものに書かれた一節ですが、その一方で、家庭では良き夫、良き父であり、特に妻のたかとの絆が深かったと後年研究されています。

たかとは麻雀荘で知り合いましたが、半ば強引に関係を持ったたかが妊娠・出産した後、長い間一緒に暮らすのを拒んだり、そうかと思えば、「本当に一生一緒にいてくれるかどうか」「何があっても見捨てることがないか」「本当に心から自分を愛しているのか」と何度も確認するような手紙を送ったりしていて、何か「二面性」といった言葉が浮かんでくるわけです。

傲慢なのに、臆病。防衛的で、自嘲的。
しかしその「二面性」を客観的かつ論理的に見つめ、自嘲を込めた分析が敦の文学の真髄にあると言えます。



さて、「山月記(さんげつき)」をご覧になったことはおありですか。中国の古譚をモチーフにした作品で、国語の教科書にも掲載されている、ある男が虎になってしまうお話です。
なぜそんなことになってしまったのか。本文は長文ですので、要約してみます。

自分は人間だった頃、若くして科挙に合格するほど優秀であったが、官吏として生きるより、詩人として有名になりたかった。
しかしちっとも努力をせず、むしろ怠けていたことが多かった。
なぜならそれは「自分に才能が無い」とはっきり突きつけられることが怖かったからだ。「負ける」ことに臆病であったのだ。
しかし「優秀な自分にはきっと才能がある」と信じる気持ちもあったために、諦める気にはなれなかった。自分のプライドが努力を放棄させてしまったのだ。

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が自分を虎にしてしまったのだと言って、藪の中ですすり泣くのです。

また、「かめれおん日記」の一節も引用します。

(私は)失望しないために、初めから希望をもつまいと決心するようになった。
落胆しないために初めから欲望を持たず、成功しないであろうとの予見から、てんで努力しようとせず、辱めを受けたり人中に出まいとし、自分が頼まれた場合の困惑を誇大して類推しては、自分から他人にものを依頼することが全然できなくなってしまった。

失敗した原因、うまくいかない原因が「自分の能力不足」であることをはっきり突きつけられると、プライド(自尊心)が傷付きますし、恥ずかしくて消えてしまいたくなります。

そこで、「失敗してもしょうがない、無理もないと周囲に思ってもらえるように、あらかじめ"ハンディキャップ"を自分に課す」心理が働くわけです。
心理学では「セルフ・ハンディキャッピング(Self-handicapping)」と言うそうです。

例えばスポーツの試合のとき、自信の無さをカバーするために、「練習する時間が取れなかった」とか「忙しくて寝ていないから、調子が悪い」など、あらかじめ"ハンディキャップ"をつけて周囲に宣言しておけば、負けても仕方ないと思ってもらえますし、勝ったとしても「体調が悪いのに、すごいね!」と普通以上に評価されます。
どちらにせよ、自尊心が傷付かなくて済みますし、自分にとって得な結果を得られるわけです。



しかしこの「セルフ・ハンディキャッピング」を提唱したジョーンズ博士(Edward E Jones)は、この心理には危険な面があると指摘しています。

ウソをついて"ハンディキャップ"を課している内はまだ良いのですが、そのうち本当に体調が悪くなってしまったり、本当に自分を準備不足に追い込んだりしてしまうようになると言うのです。他の例も枚挙にいとまがありません。


  • テストの前日になぜか部屋の片づけをしてしまう。
  • 大事な日にはいつも熱が出てきてしまう。
  • 明日が試合なのに、前日に遊びに行って夜更かししてしまう。
  • 興味があることなのに、なぜかやる気が出ない。本気になれない。
  • 恋愛に積極的になれない。本気で人を好きになれない。


自分で自分の足を引っ張ってしまって、本来なら得られるはずの成功を得られなくしてしまう。自分にとって不利になることを無意識におこなってしまう。
それは自分に才能や実力が無いわけではない、いろいろ事情があって、仕方なかったからだ――「セルフ・ハンディキャッピング」は、人間の自己防衛機構なのです。
「山月記」の虎になってしまった男も、こう嘆いています。

俺は、俺の持っていたわずかばかりの才能を空費してしまったわけだ。俺はようやくそれに気が付いた。それを思うと、俺は今も胸を灼かれるような悔いを感じる。



敦と長女の正子
敦の「自己防衛傾向」は牡牛座の太陽-金星・水星と、乙女座の木星に表れているように思います。

前述したように牡牛座は地のサインであり、固定宮。自分が得た感覚に固執し、変化を嫌うところがあるのです。

自分で培ってきた自意識や美意識はちょっとやそっとのことでは崩れません。それは外部からの刺激をシャット・アウトするということでもあります。

ですから、「手放していく」水瓶座火星からの横やりと、ほぼオポジションの位置にある蠍座月が表す「他人を抱え込んで変容していく」さまは、敦に大きな葛藤をもたらしたのだと推察できます。

牡牛座の水星は牡牛座29度。牡牛座と双子座の間で揺れ動く度数です。
揺れ動いてしまうため安定しませんが、それが自分にとっての「本来の位置」となっていく――自意識と客観の間にある「揺らぎ」が敦の人生を貫くテーマであり、彼の作品の醍醐味でもあります。

この水星を頂点として水瓶座キロン-乙女座木星がTスクエア。
木星は本来、鷹揚で漠然としている拡大天体ですが、乙女座に在することによってその木星の拡大は内に向くものとなり、結果、防衛的になります。
自己を防衛することによって得られる感覚――痛みも含めて――を緻密に見つめたからこそ、人間の心や行動を熟知した、誰にも到達することができない文学が生まれたのでしょう。

ノエル・ティル氏(Noel Tyl)の提唱する心理占星術では、ホロスコープ上で"東半球の強調"が見られる「自己防衛的」な傾向について、「自己開示のリスクを避け、親密な人間を作らない傾向」があり、「人間関係に向けるエネルギーが不足している」と記しています。また、「常に攻撃されているように感じる傾向」にも言及しています。

敦の出生時間が不明なのでハウス区分も不明ですが、作家の福永武彦や武田泰淳からも、敦の作品が「世間の厳しい悪意に対する懼(おそ)れ」「外界の盲目的な、野蛮な圧力を主題として」いると評価されているのです。



1942年7月
敦の作家人生はとても短いものでした。
1942年7月。初めて敦の作品「古譚」「光と風と夢」が世に出て、芥川賞候補となりました。
左図は内円が出生図、外円がトランジットです。

n水星-キロンとのTスクエアの一角、n木星にノード軸(ドラゴン・ヘッド)が重なっています。
このn木星はミッドポイント(HN8)で土星/天王星=太陽/冥王星を満たしており、文壇から高い評価を受け、その作品が大きな衝撃を与えたであろうことが伺えます。

同時に、t冥王星がn月にスクエア圏内に入っています。大きな人生の転換期でもありました。しかし、この年の12月、気管支喘息によってこの世を去ってしまうのです。33歳という若さでした。
「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまいたい」、亡くなる前、妻のたかにそう言ったそうです。



将棋盤に向かう敦
現在、t土星が山羊座に入り、その影響が様々な占星家の方によって語られています。私も新年はじめの記事で少しだけ書かせて頂きました。
土星は「あるべき位置に戻すために是正を促す」「安定させるために是正を促す」天体ですから、そのための痛みも伴いがちです。

ですから、人によっては、痛みを恐れて出生図内の土星を「影」にしてしまっている方――いわゆる「易きに流れやすい方」もたくさんいらっしゃいます。
そこに良いも悪いも全くありません。ただ、そういった傾向のある方は、この現在の星回りに打撃を受けることもあるのではないかと思います。

敦が書いた作品は自意識の強さ・自己防衛の強さゆえの「セルフ・ハンディキャッピング」の概念が随所に見られますが、私達は敦のように、そういった意識を客観的に見て、課題として顕在化させることはなかなかできない、難しいことです。

現代の人は皆忙しく、大きなストレスを抱え、心と身体のバランスを崩していらっしゃる方が多いです。やりたいこと・やるべきことがあるけれど、本当につらくて行動に移せなかった――私含め、そういった方も多いでしょう。

しかし、中島敦の作品を通して、その「できなかったこと」が、自分の自尊心を傷付けないため、自己防衛としての「セルフ・ハンディキャッピング」によるものなのか、そうでないのか。
具体的な成果や結果が求められる今のこの星回りだからこそ、「自尊心の罠」について、自問自答する価値があるのではないかと思っています。

昔、私は、自分のした事に就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、いつも後悔を感じていた。("光と風と夢")

人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、何事かをなすにはあまりにも短い。("山月記")

2 件のコメント:

  1. 桐吉先生、こんばんは!

    中島敦を読んでいると、
    「そんなウダウダ言ってんなよぉぉー!」
    っていう気持ちと、
    「でもこの感覚、超ワカル。。」
    っていう気持ちと(笑)

    そうかー。牡牛ー蠍満月生まれ、水瓶火星スクエア、水星牡牛29度。。
    キロンに乙女木星にって、、(~_~)
    でも、作家としてはオイシイですよね。。
    葛藤の中島敦に惹かれる読者は私もそうですが、
    きっとたくさんいますよね。

    自己防衛って、時にものすごく哀しいものだナって、記事を読んで改めて思いました。

    「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまいたい」
    って、目から汁です…。ほんとに、いろんな意味で切ない言葉です。
    ややもすると自己欺瞞に向かいがちな現代への、
    警鐘のような気もしてきます。
    決して後ろ向きなメッセージではなくて、
    力強くバトンを渡されるみたいな、背中を押されるみたいな、
    前向きなイメージです。

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    1. ひぃさん、いつも素敵なコメントありがとうございます。
      出生図から、結構チャラいところもあったと推察できる(笑)敦ですが、防衛的な面とのはざまで揺れ動くさまそのものが、敦の文学の魅力でもあるのでしょうね。

      松村潔先生のご著書「牡牛座について」には、「(牡牛座は)継承、先祖の遺産、肉体に埋め込まれたものを使用する」が、「すべての可能性を開拓し尽くしたとき、より古く新しい資質を発見できる」と書かれています。

      死を前にした敦も、これまで膨大に蓄積してきたもの・身体や精神に刻印されてきた感覚を「みんな吐き出した」後に、新しく得られるものをよく知っていたのかもしれませんね。
      それはひぃさんのおっしゃる通り、志半ばではありましたが、後世の読者へ前向きなバトンを渡すための牡牛座的衝動だったのだと思います。
      ありがとうございました。

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